ボロス兵士のMTG日誌

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ボロス兵士のMTG日誌

マジック:ザ・ギャザリングへ愛を捧げるMtGブログ

社会人にとってのMTGを半生を振り返ると共に考える【続編】

      2017/10/24

社会人にとってのMTGを考えるコラム。

前回に続き、長文コラムであり、ボロ兵の自伝となる。

今回もやたら長いのでヒマ潰しの読み物として目を通してほしい。

前回の記事と併せて「社会人にとってのMTG」にスポットを当ててボロ兵の半生をご紹介するとともに考察する。

「結論はこれだ!」というものではなく、ボロ兵とMTGについてご紹介することで読者の方に何かを感じ取ってもらいたいというのが本記事の目的だ。

とかくカードゲームは「根暗」「オタクっぽい」というイメージを持たれがちだ。

本当に、そうだろうか。

「いい大人がカード」
いい大人だとなんなのだろうか。

「社会人がMTGをすること」の意味を考える。

現在、社会人として働きながらMTGをプレイしている方はもちろん、将来社会人になる学生MTGプレイヤーにも得られる物を送りたい。

29年の一人の人間の歴史とともに考えてほしい。

読了して頂いて何かしらの共感が得られれば、MTGブログを執筆するものとしてこれ以上の幸福はありません。

それではボロ兵とMTGについて、どうぞ

 

トレトクバナー

 

始動

ぼくこと、インターネット上でボロ兵と名乗ることになったボロ兵は、MTGを共に遊び、楽しさを共有できる人物を探していた。

先の記事で登場したT氏やA氏とはMTGを通じてより急接近できたが、それだけでは満足できなかった。

共通の趣味で人と繋がれることに喜びを見出したんだね。

遊戯王プレイヤーの時期から通いなれた地元のカードショップは、この時MTGをするためのカードショップとなった。

この時社会人のぼくは仕事が終わればカードショップへ。

良いカードがないか販売リストのバインダーをなめるように眺めていた。

少し高めのカードでも仕事を頑張っているからと自分にご褒美を与える気持ちで買った。

MTGプレイヤーとして通っているうちにフライデーナイトマジックというイベントがあるのを知った。

もちろん参加し、わけもわからず負けた。しかしそれでも楽しかった。

地元ショップのフライデーナイトマジックはブースタードラフトのフォーマットで、毎金曜日1000円を握りしめて参加した。

参加している人は遊戯王のころと違い、大人しかいなかった。

 

「カードゲームは子供が遊ぶもの」

自分の固定観念を打ち破った。

社会人でもカードゲームをしている、そういった気づきがよりMTGの世界へ足を踏み入れる要因になった。

 

カード資産が集まり、スタンダードの大会へも出るようになった。

今となっては考えられない構成の寄せ集めデッキだったがそれでもワクワクした。

もちろん全く勝てなかったし、ルールが曖昧で「相手の場にプレインズウォーカーがいる場合、攻撃する際にプレイヤーかプレインズウォーカーを指定しなければいけない」ルールが身についておらず、対戦相手の方に「だからどっち」とイラつかせてしまったのを今でも覚えている。(相手場にいたのは両面ガラク)

この時は1ゲームでも勝てると嬉しかった。

MTGを通じて輪を広げたかった。

しかしながら、地元ショップのMTGプレイヤーは常連さんが多く、引っ込み思案だったぼくは既に見知った方とはある程度喋るが、初対面の方に対しては緊張が勝ってしまい、なかなかフレンドリーに接することができずにいた。

既に形成されているコミュニティに入るのにも抵抗があった。

大会へは参加するけど、対戦組み合わせ時の空き時間とかは完全にボッチだった。

寂しさを感じたがぼくにはこの時、考えていることがあった。

皇帝と海

既に形成されているコミュニティへ参加しづらい。

この持前のデメリットはインターネット上で解決することにした。

ぼくは色んなMTGプレイヤーとのつながりをもつためブログサイトを立ち上げることにした。

MTGについてインターネットで調べている際、頻繁に目についたサイトがあった。

「イゼ速」

このサイトはマジック・ザ・ギャザリングの非公式ブログながらも全マジックプレイヤーのバイブル的存在のブログとなっているが、ボロ兵も例外ではなくボロ兵誕生時からの教本で今も崇拝している。

 

このようなサイトをつくりたいと思い、持前のHPスキルでブログを立ち上げた。

「ボロス兵士のMTG日誌」

全てが曖昧な状態で立ち上げたブログはイゼ速と比べるとコンテンツの中身が雲泥の差であったが、毎日何かMTGについて掲載するのが楽しかった。

 

当ブログの「あの日のおもちゃ箱」に掲載している記事はそんな時期に書き込んだものだ。

何かパックを買い、あたりが出ればブログに掲載したし、大会へ参加すればその戦績を書いた。

読んだ誰の役にも立たない駄文ばかりの記事だが、記事を消していないのはあのころのワクワクした心を忘れないようにしたいからだ。

 

この誰の得にもならない記事やMTGブログ界の皇帝「イゼ速」を始め、「完全趣味裏」「5ばさんブログ」等名だたるブログには多大な恩恵を受けることになった。

 

ブログへコメントがくれば可能な限り即時返信した。

Twitterのアカウントも徐々にフォロワーが増えてきて、フォローされるたびにしきたりを恐れず挨拶した。

コミュニケーションがとれればもちろん嬉しかったしネタ探しに奔走した。

インターネットの海は広大かつ未知が溢れる領域であったが、ブログとTwitterという船とオールがボロ兵を新たなコミュニティへといざなってくれた。

 

そんな毎日、MTGにのめりこんでいるうちにふと立ち止まった。

以前仕事人間で無趣味だった自分がこんなに楽しんでいるなんて。

当時は想像もできなかった。

少しのきっかけである趣味に没頭するようになり、ゲーム機を起動するのも億劫だった自分がブログをHTMLコードから立ち上げ更新している。

マジックザギャザリングというトレーディングカードゲームに感謝した。

このままでは何もなかった人間に仕事や生活をする喜びを与えてくれたのだ。

 

天秤

MTGにハマり、仕事をする中である転機が訪れた。

現在の職を辞すことになったのだ。

次の仕事は決まっていなかった。失業保険でやりくりする期間が続きしばらくニートをしていた。

失業保険でギルド門侵犯のボックスを買ったのは今でも反省している。

失業保険でギルド門侵犯のボックスをかったことにより、お金がなければMTGはできないと強く感じたぼくは次の就職先を必死で探した。

 

その行動の結果、無事に地元で出版関係の仕事が決まった。

 

しかしこれが失敗だった。

決まった勤め先の仕事は激務でロボットのように扱われ、残業があるのは当たり前で23時に会社をでることもザラだった。

 

あれだけ好きだったMTGをする気力が失せ、ブログの更新も滞った。

この会社に勤めてからMTGとは疎遠になってしまった。

勤めてからの数か月、死に物狂いで働いていた。

前回の記事にもあったように仕事人間に舞い戻ってしまった。

仕事と家の往復になり、冬がきた。

年末に会社の忘年会が開かれたが酔った勢いで件のカードショップへ入った。

テーロスの発売時期でカードをチェックしていると嵐の息吹のドラゴンに一目惚れした。

どうしても欲しかったぼくはテーロスパックをむさぼるように剥きまくった。

給料は使う道がなかったためほとんどテーロスにつぎ込んだように思う。

ふと気づいた。

「また同じことを繰り返している」

と。

その瞬間仕事への熱意が冷めた。

これだけ身と、精神と、時間と、元気と、趣味とを削ってまでしなくてはいけないことなのか?

人生という視点で考えたとき、仕事と趣味の天秤は仕事の方にばかり錘が乗っている状態で構わないのか?

そう思うとやるせない気持ちになった。

この冬、体を壊した。

自宅療養が必要な菌に感染し、1週間ほど休んだ。

休み明け、仕事へ行くと酷く叱られた。

ぼくはこの人間扱いしてくれない職場をやめることにした。

自分が大切にしたいと思うものはこの仕事と職場を天秤にかけたとき、完全に釣り合っていなかった。

退職の手続きを事務的にすませた。

 

船出

かくしてまたニートになったぼく。

今度は勤めていた期間が短かったから失業保険はもらなかった。

MTGを始め、お金がなくては何もできない状態はさけたかったのでまた新しい職場を探すことになった。

 

しかし自分がやりたいクリエイティブな仕事は地元にはパイが少なく職探しは難航した。

付き合っていた彼女から「大阪へ出てみてはどうか?」との提案を受けた。

正直、20数年慣れ親しんだ地元徳島を出るのには抵抗があったが、もう自分のスキルを活かせる職場は地元徳島にはなかった。

 

かくして徳島と大阪間の就職活動の往復生活が始まった。

なんどか面接と不採用を繰り返し、ぼくが26の時の3月に大阪の企業への就職が決まった。

MTGの時系列でいうとテーロスブロックの最後のエキスパンションが発売されたころだ。

慣れ親しんだ地元を離れるのには寂しさを感じたがそれでも自分の人生のためと思い、家族に別れのパーティを開き、大阪へ単身出発した。

 

 

新天地と新生活

大阪での会社の給料はひくかったが、職場の人間関係にも職の内容にも恵まれ安定した仕事を過ごせるようになった。

 

以前勤めていた会社から離れ、精神的に落ち着いたぼくはまたMTGに触れることにした。

しかし、初めての一人暮らしは想像以上にぼくに寂しさをもたらした。

自宅にいても一人。

外にいても一人。

寂しかった。

その寂しさをまぎらわすために大阪の街へ繰り出すことにした。

大阪はMTGショップが多く、ショップにいくだけで気分が紛れた。

なんばのカードショップエリアによく行くようになった。

もちろん知り合いなんていないし引っ込み思案なぼくは大会に出てプレイしては自宅へ帰るといった行動が多かった。

時期はタルキール覇王譚が発売されたときでフェッチカードというカードが収録されるということで一般のネットニュースにも取り上げられたほどだ。

フェッチカードは高く、手持ちのものを売ったりしてやりくりしてデッキを組んだ。

一人暮らしの寂しさと質素さにくじけそうになったが、それでも仕事が安定していてMTGを触れることに幸せを感じた。

結果的に恋人からの推薦で大阪へ出たことは成功と言えた。

 

繋がり

大阪へ出てきて数か月が経ち大阪での生活にも慣れてきたころ、ブログの更新もぼちぼち再開することにした。

Twitterでのやりとりももちろん再開した。

Twitterのプロフィール欄の紹介文を徳島在住から大阪在住に変更した。

仕事終わりや休日、一人で大阪のMTGショップへ行き、大会へ出たりパックを剥いたりその結果をブログに書いている内にTwitterでのフォロワー数が劇的に増えた。

都会のパワーに驚いたがそれ以上のことは特に何もなかった。普段通りネット上でやりとりをするということしかしなかった。

しかし、そんな毎日を続けている内にTwitterにあるアカウントから通知があった。

「よかったら今度会いませんか?」

 

邂逅

共通の趣味でのつながりを持ちたかったぼくは、インターネット上のつながりの人物と会うことに若干の恐れを感じたが、これを承諾した。

正直断ろうかと思ったが、一人暮らしの寂しさは実家暮らしのみなさんが思うよりもはるかに心細い生活で、何かしら知り合いや友達がほしかった。

 

名も顔も性別すらわからない件のTwitterの主とはなんばのMTGショップで会うことにしたが、緊張で帰りたい気分が強かったのとショップ内で挙動不審な動きをしていたのをいまでも覚えている。

 

ショップにいる間はTwitterに張り付いていた。

 

相手は容姿を伝えてきた。

 

実際の人物と出会った。

相手はKといった。

自己紹介をし、マジックの話をしたりした。

相手の出身は山口であることや自分の地元は徳島であること、使っているデッキ等・・・。

緊張したが、とても楽しい時間だった。

 

勝手だが初めて大阪での友だちができた。

 

思い返すと地元企業の退職や激務、ニート期間、メンタルの不調や大阪への単身出発、そして初めての一人暮らし等、紆余曲折あった。

 

しかしこの瞬間、全てが報われた気がした。

社会人にとってのMTGを半生を振り返ると共に考える 完結編へ続く

ここまで読まれた方、お疲れさま。

そしてありがとう。

今回で完結させようと思ったが文章量がまた長文コンテンツになったので、完結編はまた後日にしたいと思う。

今回はボロ兵誕生からの数年にわたる仕事とMTGについて、大阪への船出の流れ、初めての邂逅の流れを書いた。

トレーディングカードをしている人は「オタク」で「根暗」なのか?

社会人にとってのMTGとは?

今回明文できなかったそれぞれの回答と理由について、ボロ兵なりの回答は完結編で。

MTGや遊戯王に限らず、TCGを軽く見ている人物がいたらぜひ一読してほしい。

文章は稚拙だと思う、しかし「TCGは人間を変えられるコンテンツだ」ということはわかってもらいたい。

一人の人間がこれほどの幸福を得られるコンテンツであることは間違いはない事実なのだから。

 - MTGコラム