ボロス兵士のMTG日誌

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ボロス兵士のMTG日誌

マジック:ザ・ギャザリングへ愛を捧げるMtGブログ

マジック:ザ・ギャザリングにおけるコミュニケーションについて

   

今回はいつものノリじゃなくて真面目な話をしたい。

マジックにおけるコミュニケーションについて、だ。

MTGは非常にすぐれたコミュニケーションツールだと私は考えている。

あらゆる人と接し、確認・議論等の会話し、感情をぶつけ合う。

そんな最高峰のゲームだからこそ今ここでMTGにおける「コミュニケーション」を考えたい。

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先日、とあるツイートが私のTwitterアカウントのタイムラインに流れてきた。

当事者、ならびに関与する人物の特定になってはいけないと思うので該当ツイートを掲載することはしないし、「どのツイートか?」という質問には答えない。

今回の記事を書こうと思ったきっかけとなったそのツイートの内容は以下だ。ところどころ端折っているが、あるMTGの大会中に発生したAとBのやり取りをAがツイートしている。

 

~略~(とあるMTG会場にて)

A「おや?もしかして昨日も自分と対戦しましたか?」

B「誰と当たったとか興味ないんで」

・・・皆さんはどう思いますか?

 

上記の内容をご覧になって、読者の皆さんはどのように受け取っただろうか。

ここで言っておきたい。

 

この議論に唯一の正解はないのだ。

 

どちらが正義でどちらが悪ということも一切ない。それぞれの主観でそれぞれの主張がある。

 

だのに当該ツイートのタイムラインを追っていたら悪を決めたがる人物の多いこと。

 

なぜ悪を決めたがるのか?悪が必要だとしてそれはあなたにとっての何なのか?

 

 

こういった議題に対し、主義主張を投げるのは各々の自由だと思うが、その先に一個人の人格が存在することを想像した上で発信をしなくてはいけない。

「そんなつもりじゃなかった」というのは想像力の欠如」というセリフが何らかのセリフであったが、まさしくその通りだ。

 

自分が発信する言葉、行動によって受け取り手がどのように感じ得るのかについて想像を働かせなければならない。

もし想像した上で思わぬ結果を招いてしまったなら、その時はその個人が創造した想像をはるかに超えた事象であったため、素直に謝るほかない。

 

コミュニケーションは主張と主張のぶつかり合いになる場面が多い。

だからこそ自分の主張を受け取る相手の立場になって「どう受け取られるか?」を考え、言葉であれば一度舌の上で転がして吟味して音に乗せなくてはならない。

 

 

話を件のツイート内容に戻そう。

これは様々な要素が絡みあった結果の先に起こったコミュニケーション上の悲劇なのではないか。

Aは、昨日までに対戦したことのあるBに対して雑談を持ち掛けるつもりで話を投げかけた、としよう。

Bは「誰と当たったとか興味ない」と言っていて棘があるように感じるが、何かしらBにとって不機嫌になる要素がAが話しかけるまでの間にあったのかもしれない。

Aのタイムラインを追うと、そのBの対応に不満を感じたように見受けられる。

 

そしてAは最後にこう記述した。

皆さんはどう思いますか?

と。

 

あくまでこれはAの主観であり、B側の主観では全く別の角度から同件をみることができるだろうが、残念ながらそのBのTwitterアカウントはわからないし、所持しているのかさえわからない。

 

私はこの件に関して、文面を読んだ限りでの私の主張を述べさせてもらう。強調するが、私の主張だ。

異論はあるだろうし、反論もあるだろうが知ったことではない。それらに対する返答は一切しない。

 

その上で言う。

「AとB、双方に想像力がない」

のだ。

 

 

Aに関しては、その言葉を発することによってどういったレスポンスが返ってくるのか想像をしたのか?TPOを考えての発言なのか?一度会っていたならばファーストコンタクトでどういった人物か表面を知ることができたのだろうから対応を創造できなかったのか?

Aの視点からTPOについて、この状況が発生したのがMTGのカジュアルな大会だったら“私だったら”「Bはぶっきらぼうで嫌なやつ」だと感じるが、もしもPPTQなどの競技レベルの大会であれば“私だったら”「Bも真剣だから集中力を乱す発言はしないでおこう」とする。

しかし、どんな状況であるにせよ、Aの立場でBに遭遇し、本件のようなことを言われたとしたら金輪際Bには関わらない、関わりたくない。
B側にどんな理由があるにせよ、B側の背景に想像を巡らせるにせよ、“初対面に近い相手”にそれだけのことを言う人物に対して受けた印象を覆すことは非常に難しい。

 

逆に。

 

私がBの立場でAに上記のように話しかけられたならば、状況によって対応を変更する。
FNMなどの大会ではたとえ覚えてなかろうが「申し訳ねぇが覚えてねぇすまん」と言うし、PPTQなどの競技レベルでは静かにしてくれねぇかなと思いながら口にチャックをするよう促す。それ以外に感情が揺さぶられる事案があったならそれを加味して言動をとる。

 

MTGにおけるコミュニケーションと名打って記事を書かせてもらっているが、この件はそれ以前の話じゃないか?

 

MTGは「相手プレーヤーと適切にコミュニケーションをとるように」と競技レベルの大会に出たことのあるプレーヤーなら何度も聞いただろうし、競技大会に出たことがないプレーヤーでもそれがとても大事なことであるゲームだというのはドローの仕方を覚える段階で学ぶはずだ。

 

しかし。

 

MTGをプレイする上でのやり取り、つまり対象選択やスタックの応酬のコミュニケーションに何も問題がなければ何を言っても許されるのか?

それってプレーヤー以前に人間としてどうなの?傲慢だろ?

A側は想像力の落ち度があってB側は幼稚。

 

MTGって二人いて初めてなりたつゲームなんだぜ?わかってる?

互いに尊重し合う選択をとることはできなかったの?

 

 

それがどうしても無理で嫌で嫌でたまらないなら壁に相手になってもらってゲームしろよ。というかカードゲームするのに人間的に向いてないんじゃない?

以前、マジックの公式がMTG界隈におけるハラスメントについての声明を発表(http://mtg-jp.com/publicity/0029955/)していたが

「自分は当てはまってない」と断言できて、客観的にそう証明できる?

私はできないが、努めようとはしてる。

 

MTGに限定した話じゃない。

相手を敬えよ。

 

 

MTGは勝敗が明確にジャッジされるゲームだ。

それ故にエキサイティングし、自分がとった言動が相手を不快にするかもしれない。

 

想像してみてほしい。

もしもあなたがグランプリやプロツアーで分水嶺となるマッチで勝利を勝ち取ることができたならば、思わずガッツポーズや万歳などをするだろう。ポーズにあらわさないでも何かしら言葉にでるかもしれない。

それが相手を不快にさせるかもしれない。

これはまだいい。あって当然の話だから。

勝者が喜び、敗者が悔しむのは勝敗のあるゲームならではだ。

 

ただ、公式の声明にあるハラスメントや冒頭のツイートの件のようなゲームの外の状況では勝敗は関係ないのだし、相手を貶める必要はどこにもない。

相手はお前と同じ人間なんだ。

 

 

人間としてどうプレイするのが最適解なのか、今一度想像を働かせてプレイングを見直してほしい。

 - MTGコラム